武田勝頼 こだわりブログ

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zoom RSS 勝頼の祖母

<<   作成日時 : 2011/06/05 14:35   >>

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勝頼のお祖父ちゃんは諏訪頼重で、お祖母ちゃんは小見氏といわれています。

【早くに死去した諏訪御料人に比べ、その母の小見氏は長生きしたようである。

高遠城主になっていた孫の武田勝頼に引き取られ、御大方様(祖母)と呼ばれ、共に高遠城で暮らしていたらしい。

天正10年(1582年)の3月3日、勝頼達と新府城から脱出した後、3月11日に切腹した勝頼一行の中に名前が見られないため、逃げている途中に彼らとはぐれてしまったのではないかと考えられている。 】
 goo Wikipedia から引用。

勝頼の母、諏訪御寮人が1530年頃の生まれとして、その時 小見氏が20歳とすると天正10年時には72歳と云う事になります。

勝頼は母亡き後、唯一とも言える近しい親族である祖母を大事にした事と思われます。

「トイレの神様」ヒット以降お婆ちゃんを大事にする孫が増えたとか・・・。

新府城を出発した時の事を「信長公記」は 【 勝頼の御前・同側室の高畠のおあい・勝頼の伯母大方・信玄末子の娘・信虎の京上臈、その他一門・親類の上臈や付き付きの者たち二百余人の逃避行・・ 】 と記していて

お祖母ちゃんも一緒だったのですね。

その小見氏の自筆文書が現存しています。(これは奇跡に近い)
画像
                    (池上家文書)
解説によると、その中に「御さうしさま」(御曹司様)と書かれていて、これは信勝の事で、ひ孫にも優しいお婆ちゃんであります。

その小見氏ゆかりの長野県朝日村の古川寺文書に勝頼書状があって、その筆跡は先日の「勝頼自筆か?そうであってほしいなー・・」書状と同一と思われます。(署名参考)
画像
祖母の事に関しての手紙だとしたら愛情たっぷりの勝頼は自分で書いたかなー なんて妄想。





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コメント(15件)

内 容 ニックネーム/日時
勝頼公祖母の小見氏まで!!
スゴイ!よくご存知で…
まさに"小見(おみ)それ"(御見逸れのシャレですが…)
しました

レス有難うございます.
私は個人的に女性史に興味あり,その中でこの小見氏については大変興味ありました.

小見氏は諏訪頼重公よりは年上の女性だったらしく,それでこの勝頼公の生母・諏訪御寮人を生んでいます.

諏訪頼重公は28才の若さで自刃しており,その時諏訪御寮人は1530年を生まれたとすると.この父親頼重公はなんと14歳か15歳位で一姫の父親になってたという具合で,
何とも当時としては当たり前とはしても,14歳か15歳の父親なんてまさに"幼な妻"ならぬ"幼な父""幼な夫"ですね.

こういう事から小見氏は頼重公より年上の想定され,頼重公にとって乳母的存在だったかも知れません.

勝頼公は幼い時に生母の諏訪御寮人を亡くしてる事もあり,身内の女性には優しく,又北条夫人とも夫婦合琴の仲だった様です.

それでこの祖母の小見氏については勝頼公も,母親の諏訪御寮人に代って,とても祖母孝行した模様です.
又,信勝公の生母で早世した最初の正室の遠山氏(織田信長の姪姫)とも勝頼公は夫婦仲がよかったと聞いています.

しかし,この小見氏の書状が残って居たんですね.
本当に奇跡に近い!!
よく此処まで調べられましたね. ご苦労様です

→続く
A
2011/06/05 19:20
→続き

小見氏の消息は,武田滅亡後は消息不明になりましたが,幸い天目山の田野にては同伴してなかった様で,勝頼公と死出の旅をした侍女は16人ですが,幸いその中には入っていませんでした.

この小見氏は,おそらく勝頼公が新府城から発つ時に,自分の死を予感して祖母の同伴をわざとさせず,諏訪の縁者の元に逃がしたのではないのではないでしょうか?
そして小見氏は涙ながらに孫夫婦や曾孫達など武田一族の最期を聞き,信州の片田舎で寂しく身分を隠して晩年を過ごし,間もなく人知れずに亡くなったのではないでしょうか?
この文こそ勝頼公の優しさを伝える大事な逸話です.

処で,武田探検の管理人様とは面識おありですか?
実はこちらの管理人様とはmixiで時々声かけさせて頂いています.確かmixiハンドル名は「タケタケ様」です.
こちらの管理人様はmixiはおやりでないのですか?

当方,ブログはやっては居ません.ごめんなさい.
又お琴さんに墓碑銘写真ごらんになりたかったら,公開してもOKですが,このサイトは写真は公開できませんね.
引用欄が無いので。。。
今小松帯刀公に詳しい地元,史談会の先生と情報交換やりとり中ですよ

当方こちらのブログでお世話なってます故,よければどうぞ http://blogs.dion.ne.jp/miraiki/

相変わらず長くなってすいません.
A
2011/06/05 19:23
序にすいません.
大河ドラマの江とJINは毎週欠かさずに見てます.
GWは近江に行く予定でしたが,当方関節炎に…(泣)
まだ10年以上早いんですが,う〜〜〜ん
足が長時間歩けず今困っています.
それで鹿児島の先生との再会もままならず…

管理人様のハンドル名はおずぎ様でよいのですか?
間違ったらすいません.
御身お大事に…
A
2011/06/05 19:30
ブログ名「おすぎ」でございます。

Aさんなら、この話題だけで十分ブログ立ちあげられそー! 御披露されないなんてもったいないです。

恥ずかしながら今の今までmixi知りませんでした。

甲斐武田探検のみんさんとはコメントのやりとりでお世話になっています。

お琴さんの墓碑の写真、よろしければこのブログ右の「メッセージを送る」を使って送って頂けないでしょうか?

肝炎と胆石のおすぎより。
おすぎ
2011/06/05 20:39
今晩は!
もともと仕事も多忙故、中々ブログを立ち上げる勇気も無く、史跡の写真はたくさん撮ってありますが、しかし、そのまま(^^;)

コメントを考えたんですが、すいません。
此はウェブブログの会員登録をしないと、まずいですよね?

申し訳ないです。
さすがに沢山のブログ会員サイトの会員になり、手を付けられない状態に…
どちらかと言うと、おすぎさんのフリーメールアドレスなどで良い故、教えて頂たら幸いです。

ホットメールかヤフーメールで宜しくお願いします。
A
2011/06/05 22:22
疲れがたまると、椎間板ヘルニアで左半身にしびれが来る「みん」です(笑)

ここの小見氏・勝頼もどんな感情で動いていたのか?
これを考えると上記とは違う意味でしびれますね〜!

…おすぎ様、一部私メの話題になってますね。
申し訳ありませんでした。
A様(でよろしいのでしょうか?)ありがとうございます。
話の流れがつかめていないのですが
おそらく、大変お世話になっている方かと。
「おそらく」ですみません(笑)
あ、ちなみにmixi「タケタケ様」ですと
おそらく自分が全く知らない赤の他人になります、
ご注意下さい。
「ハンツ」で。

すみませんでしたね、なんか。
みん
2011/06/05 23:04
>ハンツ=みん様へ…
おひさ(=久しぶり)です。
私は間違えて失礼しました。
そーそーmixi名はハンツ様でしたね?間違えてすいません。私は松姫様のコミュニティーや天地人に出てきた上杉景勝公の妻・菊姫様(勝頼公異母妹)でお世話なった額○○ですよ。

此でわかりますか?
ハンツ様=みんさんは、このブログは毎回点検してるんですね。
そーゆー訳で宜しくお願いします。
A
2011/06/06 04:33
小松帯刀公・第二夫人/三木琴女について

話は主賓の勝頼さんから全然飛んでしまうんですが,
一応簡単にざっと見たら「おお〜」という感銘する写真がありました.
篤姫のドラマでお琴さんを演じた原田夏希さんがお琴さんの墓を詣でた時のショットです.
肝心のお琴さんのお墓はちょっとしか載ってないですが…
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
http://www.373news.com/_photo/2009/03/20090310D00-IMAG2009031029813_imo_02.jpg
→大河ドラマ「篤姫」で小松帯刀の側室「お琴」を演じた女優の原田夏希さん(24)が 10日、日置市日吉の園林寺跡を訪れ、お琴や帯刀の墓に花をたむけ、手を合わせた。
園林寺跡には、帯刀をはじめ代々の当主と夫人らの墓がある。案内役を務めた地元のボランティアガイド原時重さん(80)は「帯刀のそばで眠りたいというお琴の願いを、妻のお近が聞き入れた」 「墓には妾(めかけ)と彫られているが、日置市が気遣って“第二夫人”と案内板を作った」などと説明。 原田さんは、熱心に耳を傾けていた。
初めての鹿児島に「暖かいですね」と原田さん。
墓参を終え「実在した人物を演じた重みを感じた。影響力のあるドラマに参加できたことは、 自分の財産になっている」と話した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
A
2011/06/06 07:31
→で,続き…

それと不鮮明ながらお琴さんの写真が辛うじて1枚,某本に掲載あります.見た感じ少しふっくらした感じの少し大柄な女性であれ?イメージが…という感じでした.
しかしかなり和歌や古文に才能は秀でた芸妓さんだった様です.26歳という若さで帯刀公との間の2人の子供を残し早世し,将に美人薄命でした.
病死の様ですが,死因について詳しく書いた原本手紙が今の所無く,20代の若さで亡くなると言うのは,どういう大病を患ったのでしょうか?
2人の子供を残して逝くには無念の思いが有った筈です.

>おすぎ様へ…お早うございます.
もし何でしたらみんさんにお声かけして,mixiに入会されたら如何ですか?
みんさん=ハンツさんはmixiの写真上で,勝頼公の伯父上/武田逍遥軒信廉公の位牌載せた写真も掲載されてますよ.

A
2011/06/06 07:33
→再び続き

2番目の上の↑の文中にある原さんという方が私が鹿児島でお世話なってる先生です.

お琴さんのお墓の写真有りました
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/98/81bd8f9508ccebc83a7679f1913e212f.jpg
「小松帯刀・第二夫人」と書いた墓誌案内板に注目です.
この墓誌裏面に例の"衝撃的な文字"が彫られてました.
A
2011/06/06 07:44
おすぎさん、
凄い方が参加されるようになりましたね。

また"A"さん、はじめまして。
と、申しても読んで頂けるのかわかりませんが
これだけの情報と資料をお持ちであれば
おすぎさんの申されるように
ブログなりなんなりの方が・・・・と思います。
このまま流れてしまうのは、”もったいない”
でも、まあ事情もあるでしょうし
多忙との事みたいですから
無理せずに、色々と教えていただければと思います。

しかし、私のような
薄っぺらな、知識もない
気ままに諸国に侵攻している者にとっては
なーんも発信するものがないというのは
恥ずかしいことですわ

おすぎさん、私もずっと気になっていたんですよ、
mixiをやっているのかどうかと。
まさか知らないとは

このしょーもない私でさえ
やっているから、頑張って参加くださいませ。
最も私めは、まったく関係ないところで
参加してますけどね。
JIN
2011/06/06 08:21
>JIN様へ…
初めまして…出過ぎた真似してすいません.
昨日のドラマJINはご覧になりましたか?
A
2011/06/06 08:33
皆様へ
1度に2つ以上の事が処理できない私の老化脳君は皆様のコメントにどうお答えしてよいやら混乱しております。
総括すると、私がmixiに入れば全て解決となりそうなので前向きに検討します。
Aさん、いろいろとありがとうございます。勉強になります。
みんさん、山登りお疲れさまでした。収穫はありましたか?
JINさん、おかげ様で私もみんさんもタイムスクープハンターにはまってしまいました。
おすぎ
2011/06/06 19:01
今、調べたら次回のタイムスクープハンター「修羅場!決戦の妻たち」なんと怖いないようなんでしょう・・
おすぎ
2011/06/06 19:04
失礼かと思いますが
こちらのブログで、コメントが10数件となるのを
見るのは初めてです。

これもひとえに”A”様の参加によるところが
大きいですね。
今は、この場にてのコミュで
致し方ありませんが・・・・使わせていただきますね。

A様へ
出過ぎた真似等とはとんでもございません。
おそらくお年も近いでしょうし
私より広い範囲かつ、人脈まで築いているご様子。
私も、女性方の歴史に興味ありです。
いろいろと教えていただきたく思います。
ドラマJINですが、大事に録画しております。
雑誌連載当時から読んでいました。
私のJINはそこから来たものではなく
40年近く前から呼ばれている
本当のニックネームですので。

おすぎさん
嬉しい悲鳴というところ?でしょうかね。
タイムスクープハンター・・・はまってください。
好みの時代でなくても、昔を想像するうえでは
役立ちます故
JIN
2011/06/06 22:14

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